今回はアルザスが自慢とする、中世の山城へご案内しよう。
ミュルーズからストラスブールに向って高速を走らせていくと、中間の街コルマールを過ぎてほどなく左のVosges側、山の頂きに中世の雰囲気漂う山城が見えてくる。これがHaut-Koenigsbourg/オー・クニグスブールだ。青空に映える城はポストカードそのまま文句なく美しいが、雨になりそうな灰色の空に聳える城も迫力があり、ドラマティックだ。夜はライトアップされるので、更に遠くまでその存在感を強くアピールしている。
Haut-Koenigsbourg/オー・クニグスブールは12世紀、Hohenstaufen/ホーエンシュタウフェン家によって建てられた「王の城」という名の城だ。1633年、30年戦争の戦いでスウェーデン人により焼失し、以後長い年月廃墟となっていた。1971年、普仏戦争でアルザスがドイツ領となった後、ドイツ最後の皇帝ウィルヘルム2世の命で1901年から1908年の年月をかけて修復され、綿密に中世の山城が再現されたのだった。その修復は見事である。当時のドイツ帝国の技術と財力、そして最後の皇帝ウィルヘルム2世と Bodo Ebhardt/建築家・考古学家の情熱の賜だろう。第2次世界大戦後アルザスがフランスになっても、1993年には歴史的建造物に指定され、今だアルザス観光の名所として多くの観光客の心を捉えている。
ミュルーズからストラスブールに向って高速を走らせていくと、中間の街コルマールを過ぎてほどなく左のVosges側、山の頂きに中世の雰囲気漂う山城が見えてくる。これがHaut-Koenigsbourg/オー・クニグスブールだ。青空に映える城はポストカードそのまま文句なく美しいが、雨になりそうな灰色の空に聳える城も迫力があり、ドラマティックだ。夜はライトアップされるので、更に遠くまでその存在感を強くアピールしている。
Haut-Koenigsbourg/オー・クニグスブールは12世紀、Hohenstaufen/ホーエンシュタウフェン家によって建てられた「王の城」という名の城だ。1633年、30年戦争の戦いでスウェーデン人により焼失し、以後長い年月廃墟となっていた。1971年、普仏戦争でアルザスがドイツ領となった後、ドイツ最後の皇帝ウィルヘルム2世の命で1901年から1908年の年月をかけて修復され、綿密に中世の山城が再現されたのだった。その修復は見事である。当時のドイツ帝国の技術と財力、そして最後の皇帝ウィルヘルム2世と Bodo Ebhardt/建築家・考古学家の情熱の賜だろう。第2次世界大戦後アルザスがフランスになっても、1993年には歴史的建造物に指定され、今だアルザス観光の名所として多くの観光客の心を捉えている。
城の中も各部屋細やかな復元が行き届いている。その様子はまるで先日まで当時の人々が生活していたかのようだ。中庭からふと窓辺を見ると、無邪気な中世の娘達が微笑みかけているような気さえしてしまう。寒さが厳しいアルザスの山の上、冬はさぞ寒いに違いないと思うだろうが、タイル張りの大きな暖炉はエアコンより、セントラルヒーティングよりも心地よい暖となる。暖炉は現在使われているわけではないが、前にドイツのレストランで同じタイル張りの暖炉を見たことがある。その心地よい暖は最新技術のかなわないものだった。
おとぎ話に入り込んだような気分で城の裏側を下って来たところ、ふと聳え立つ城の壁に所々穴があるのに気付いた。何のためだろう?水路ではない。空気穴だろうか。それにしては大きい。
ちょうど係員が通りかかったので尋ねてみた。
「トイレだよ。昔は小便も大便も真っ逆さまに落ちていったのさぁ。」
そして直接、植物の肥しになっていったというわけか。大胆な中世の設計だ。
最後に知られざる中世お城物語の現実を垣間見たようで楽しくなってしまった。