もう何年も前になるが、アイルランドのダブリンに滞在していた。ちょうど今頃の季節だった。7、8月とはいえアイルランドの夏は涼しい。梅雨はないが、年中雨の多い国なので日本と同じくらいの湿気がある。緑だけがやたらと濃かった。同じヨーロッパでも、カラリと青空の多いアルザスから来ると別世界だった。
だから面白い。アルザスには海がないがダブリンにはある。毎朝カゴメの泣き声で目覚める度、微かに微かに一瞬感じる潮の香りに心が弾んだ。
そんなある日のこと、玄関のベルが鳴って扉を開けると大家のH氏がにっこり立っていた。H氏はダークブラウンの目をしたジョージ・クルーニーのような美男、だがそんな彼には似合わない無造作な新聞包を手にしている。
「ちょっといいかな」キッチンへ直行するとテーブルの上でその「無造作な新聞包」を広げた。
中から現れたのははち切れんばかりにピチピチしたTrout/鱒だった。
「釣りに行った帰りなんだ。すごいだろ」
「デカイ。こんなのが釣れるの!」
「今日はラッキーだった。60センチあるんだよ。計ったんだ。」
得意げなH氏は少年のようで微笑ましかった。クールな人かと思っていたのに、獲物を誰かに自慢したかったってわけですね。
「あげるよ」
「えっ?」言葉を失ってしまった。吃驚して止まった脳を必死で動かし、断りの言葉を捜した。
「そんな、折角釣った、こんな立派な魚を、いただくわけにはいかないわ。」
「いいんだ。家には料理する人いないし、夕方は約束があるから。」そう言えばH氏は離婚調停中だった。
「釣れたってだけで大満足さ。オーブンで1時間ぐらい焼けばいいよ」
私の表情が不安気に見えたのだろうか。彼はウィンクしながらそう言うと、新聞紙の真ん中にごろんと横たわる鱒を置き去りにして、さっさと帰ってしまった。
どうしよう・・・・。
魚の美味しい国から来た私だが、こんな大きな魚を相手にしたことなんかない。魚は切り身しか・・・こんなことなら日本で母からもっと料理を習っておくべきだった。が、後悔したときは遅し。目の前には息絶えた鱒がどうにでもしてくれと横たわっている。大きすぎて冷蔵庫にも入らない。やるしかないのか。
ナイフを手にした。日本では信じられないかもしれないが、キッチンに包丁はない。ましてや出刃包丁なんてしゃれたものなどあるわけがない。あるのは小さな万能キッチンナイフのみ。
まず魚の表面にナイフの刃を滑らせ、ウロコを取った。透明なウロコがパチパチ飛び散ったが、キッチンの汚れなんか気にしている場合じゃない。次に内臓。魚と目を合わせないようにぐぐっとひと思い、腹に短いナイフを差し込んだ。ぐにゅっ。新鮮なだけに弾力性があるが、正直グロテスク。手を止めてしまったらやり通す自信がない。無我夢中だった。塩でもんで、ブチ切りをして、天板にのせ、オーブンに入れた時にはぐったりしてしまった。
魚の生くささが、キッチンのみならず、部屋中に満ちていた。食欲ないなぁ。
ところがである。30分を過ぎた頃から焼き魚の香ばしい香りが漂い始めた。とお腹もそれに合わせて空いてくる。急速にグロテスクな格闘は過去となっていった。オーブンの中、目の前に見えるのはぶちぶち油の跳ねるピンク色のおいしそうな焼き魚。
出来上がりがどれだけ美味だったかなんて言うまでもない。醤油と、ちょうどあったレモンをかけて(カボスでないのは少々残念だったが)、ご飯といっしょに完璧な夕食だった。
魚の美味しい国から来た民族ということを実感した出来事である。魚をさばくなんてやったことはなかったのに出来た。グロテスクなんて言っておきながら、美味しく平らげた。
我ながら目からウロコのダブリン体験だった。